本のまとめ「読むだけですっきりわかる世界史近代編(後藤武士)5」

ヨーロッパ主権国家体制の誕生

 

イタリア誕生
神聖ローマ帝国皇帝カール5世でありスペイン国王カルロス1世でもあるハプスブルク家出身の男はフランス国王ヴァロワ家フランソワ1世とイタリア諸都市の縄張り争いから戦争となった。フランスの大敗となったがこの長期化・大規模化した戦争はヨーロッパの国家のあり方を変えた。中世のそれまでの共同体組織のようなものでは強大な戦力を用意できないので、君主が中央集権下・官僚機構整備・徴税システム構築・常備軍の充実を推し進めるようになる。こうして主権国家の集合体へと変貌していく。
カール5世は内ではルター派との争いからのドイツ農民戦争、シュマルカルデン戦争。外ではフランスやオスマン帝国など戦いに明け暮れる人生だった。

 

オランダ独立
中世以降毛織物産業で栄えたフランドル地方は商人が多いのでカルヴァン派が普及した。それにカトリックのスペイン国王フェリペ2世(カルロス1世の息子)が反発したためオラニエ公ウィリアムをリーダーにオランダ独立戦争が起きる。南部は離脱して後にベルギーになるが、北部はユトレヒト同盟を作り抵抗を続けネーデルラント連邦共和国独立宣言を出す。エリザベス1世の時のイギリスが支援しスペイン無敵艦隊を撃破、東インド会社設立などを経て1609休戦条約が成立し独立を果たす。

 

太陽の沈まぬ国
スペインのフェリペ2世はイタリア諸都市との連合軍でギリシャレパントオスマン帝国を破る。これが衝撃で無敵艦隊と呼ばれる。ポルトガル王位も継承する事で中南米やフィリピンなどアジア諸国にも及び世界中に版図を持つスペイン最盛期の王となった。

 

エリザベス=ゴールデン・エイジ
それを衰退させたのはイギリス。ブラッディ・メアリと結婚してイギリスを統治しようとしていたあフェリペ2世を警戒したエリザベスはオランダに肩入れしたり私拿捕船を奨励してスペインと戦争状態となり無敵艦隊を破る。
毛織物工業などで富を得たジェントリという勢力が国政に参加するようになり力を持つ。地主達は毛織物工業で儲けるために農地を放牧地に転用する囲い込みが起きる。
1600年イギリスが東インド会社設立。
エリザベスは恋も何度かあったが、生涯婚姻には至らず処女王と呼ばれた。

 

フランス
フランソワ1世後のアンリ2世の妻、メディチ家の血をひくカトリーヌ・ド・メディシスは夫の死後、摂政として政治の実験を握る。ライバルはカトリックのギーズ公。
カトリックユグノーカルヴァン派)によるユグノー戦争が勃発。宗教戦争から代理戦争となり泥沼化してきたのでイベリア半島のナヴァル国王アンリと結婚させようとするがカトリック側が祝福に集まった新教徒を大虐殺。サンバルテルミの虐殺。アンリ3世即位後、ギーズ公を暗殺するもカトリック側に逆に暗殺される。即位したのがナヴァル国王アンリ。アンリ4世としてブルボン朝(1589〜1792)が始まる。宗教対立を収めるためにカトリックに改宗して、ユグノーカトリックと同等の立場を与える。ナントの勅令。これでユグノー戦争は終結するが狂信的なカトリック教徒に暗殺される。
後継は若きルイ13世。先代未亡人のマリー・ド・メディシス。善政の夫の政策を覆し反感を買い、大きくなったルイ13世と宰相リシュリューが追放する。リシュリューユグノーの政治力を削いで王権の力を高め三部会も停止させた。
ルイ14世と宰相マザランの代で最盛期を迎える。王権の強大化に反対する貴族達のフロンドの乱をコンデ公の活躍などで鎮圧させる。

 

30年戦争
ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝オーストリアを収めていたが、新教が盛んになってくると抑えられなくなって宥和政策をとっていた。しかし新教盛んなベーメンで大弾圧を加えると新教徒勢力が反発しプラハ城を襲う事件が起きる。ベーメン周辺の新教勢力とドイツ・スペインで戦争になる。皇帝側傭兵隊長ヴァレンシュタインで有利になるも新教側スウェーデングスタフ・アドルフの登場で巻き返す。反ハプスブルクのフランスは新教側を後押し。欧州大戦の様相を呈し、泥沼化するが1648終結。新教国の勝利。

 

ウェストファリア条約
1 スイスとオランダの独立を認める
2 スウェーデンは北ドイツ沿岸に領土維持
3 フランスがアルザス・ロレーヌ地方を獲得
4 ドイツ諸侯の領邦に対する主権の保障  しかし統一が遅れた
5 ドイツ国土興廃、人口激減
6 ドイツでカルヴァン派信仰が認められる
7 ハプスブルク家の勢力が大幅減退、神聖ローマ皇帝の事実上の消滅